Ⅰ 少年期から放浪へ

1934(昭和9)年、千葉県にある「八幡学園」に入園した山下清は、その後の運命を大きく変える「貼絵」の授業と出合いました。その技術は飛躍的に向上し、学園の発表会では高い評価を得ます。しかし、1940(昭和15)年、清は突然、学園から姿を消します。これが彼の名を永遠に残す出来事となった「放浪の旅」の始まりでした。足の向くまま気の向くまま、時折、家や学園に戻って来ることもあったが、自由な放浪を続けていた1954(昭和29)年、アメリカのグラフ誌『ライフ』が彼を取り上げます。一躍有名人となった山下清は放浪の旅に別れを告げ、画家としての道を歩み始めることとなりました。

左上《蝶々》貼絵.1934(昭和9)年
右上《ともだち》貼絵.1938(昭和13)年
左下《長岡の花火》貼絵.1950(昭和25)年
右下《桜島》貼絵.1954(昭和29)年(C)清美社

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