第1章《肖像》

ルノワールの描く肖像画は、モデルの美しいところや好ましい箇所を、さらに美しく描き出すという特徴をもっている。それは悦びのために絵を描くという、ルノワールの絵画哲学にもとづくものだった。とくに初期の「印象派展」に出品した作品には、肖像画ではないが陽光の中で輝くような笑みを浮かべる少女たちの表情がみごとに表現されている。しかし、ルノワールや印象派の画家たちはサロンに背く若者たちと目され、肖像画の注文をとることさえ厳しい状況が続いた。この状況が好転して注文が次第に増えていったのは、意外にも印象派展への出品を取りやめ、印象派の画家たちともしだいにも距離をとっていく頃になってからであった。当時の重要な依頼主が、《ポール・ムニエの肖像》を注文したウジューヌ・ムニエであり、《ヴィクトル・ショケ夫人》を依頼したショケなどである。ルノワールにもしだいに肖像画の注文が舞い込み、ようやく画家としての生活が軌道に乗り始めた。

さらに1890年以降になると、家族や家政婦などの肖像が増えてくる。妻アリーヌや息子のピエールやジャン、そして家政婦兼モデルのガブリエルなど、ルノワールは身近な人々をモデルにした作品を多く描いた。それらの絵画からは、ルノワールの家族愛の眼差しがうかがえる。ルノワールは、農村育ちの素朴で分別のあるアリーヌを生涯愛し続け、第一次大戦に応召された息子たちの無事を祈る手紙をひたすら出し続けた。女性像や裸婦を描きつづけた画家というイメージとはうらはらに、ルノワールは純朴さを愛する良き家庭人であった。

ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ヴィクトル・ショケ夫人》
1875年
油彩・キャンバス、75×60cm
シュターツギャラリー(シュトゥットガルト美術館)蔵
Pierre-Auguste Renoir, Madame Victor Chocquet, 1875, Staatsgalerie Stuttgart, Inv. Nr. 2564 Foto ©bpk/Staatsgalerie Stuttgart/distributed by AMF
ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ポール・ムニエの肖像》
1877年頃
油彩・キャンバス、46×38cm
ラングマット美術館蔵
Pierre-Auguste Renoir, Portrait de Paul Meunier, Murer fils, Museum Langmatt, Langmatt Foundation, Sidney and Jenny Brown, Baden, Switzerland

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