第4章《裸婦》

ルノワールは描く主題の多くが女性像であり、なかでも裸婦を描いた作品は晩年になるにつれ増えていった。その表現方法も晩年に近づくにつれ、より豊満で下半身が安定した裸婦が登場してくる。そのきっかけとなったのが、1881年にイタリア旅行をした際に目にしたラファエロの《椅子の母子》であったといわれている。「人が描きうる最ものびやかで堅固で、驚くほど単純な活き活きとした絵を目の前にしている。本当の肉をもった腕と脚。なんと母親らしい優しさと感動的な表情をしていることか」(『ルノワールの生涯』アンリ・ペリュショ 訳・千葉順)とこの時の感動をルノワールは語っている。それ以降、ルノワールの人物像なかでも裸婦は、より線描と量感の強調された表現となった。そして1890年代以降になると、アングル風の古典主義的な堅い描線が消え、色彩によって形象をあらわすルノワール独特の、背景に溶け込むような裸婦表現が生み出されていった。

ルノワールの裸婦は、一般的な女性の裸体画がしばしば人間の原罪や欲望を秘めた暗部を隠しもっているのに比べ、内奥に秘めるべき官能性を軽々と飛び越しているところに特徴がある。そこに描かれている女性は、自らが裸でいることすら忘れてしまったかのように無邪気に振る舞っている。そしてこの傾向は、ルノワール自身の身体の自由が失われていく、晩年になればなるほど強まっていった。それは人間を最も美しい面から描いて美化することに努めた幸福の画家、ルノワールの潜在的な向日性のたまものだったのかも知れない。

ピエール=オーギュスト・ルノワール
《二人の浴女》
1918-19年
油彩・キャンバス、41×38cm
シュターツギャラリー(シュトゥットガルト美術館)蔵
Pierre-Auguste Renoir, Zwei Badende, 1918-19, Staatsgalerie Stuttgart, Inv. Nr. 2566 Foto ©bpk/Staatsgalerie Stuttgart/distributed by AMF

TOHOKU BROADCASTING CO.,LTD. All rights reserved.許可なく転載を禁じます。