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能で特に神聖視される『翁』を義太夫節に移し、慶事に上演される『寿式三番叟』。その中から、二人の三番叟の舞を独立させました。義太夫節ならではの力強い響き。人形の躍動的な舞。足遣いの踏む足拍子と三番叟が振る鈴の音も心地よい、熱気あふれる舞台です。 明智光秀が京都の本能寺に宿泊中の織田信長を滅ぼした「本能寺の変」(1582)を題材とする時代物で、寛政11年(1799)、大坂の道頓堀若太夫芝居で初演。当時刊行中の読本(よみほん)『絵本太閤記』の人気を受けて、近松やなぎほかが合作し、発端に、1日を1段として、光秀が謀反を決意する6月1日から命を落とす13日までの13段が続く構成になっています。 忠臣光秀は、鬼の再来≠ニ恐れられる主君春長の悪逆を諫めて、度重なる屈辱的な仕打ちを受け、6月2日、ついに本能寺を襲撃。光秀にとっては万民を救うための天誅でしたが、母さつきは、主殺しなど断じて許せず、6日、逆賊との同居は汚らわしいと、ひとり京を去り、尼ケ崎へ。 謀反を知り、急遽、備中から軍勢を率いて都へと引き返す久吉。尼ケ崎の近くで待ち受ける光秀勢。10日、さつきのもとを訪れたのは、光秀の妻操と息子十次郎、その許嫁(いいなずけ)の初菊。そして、宿を乞う旅僧も。その正体を久吉と察し、様子をうかがう光秀に気づく老母。 討ち死覚悟の十次郎が、悲しみを胸に初菊との祝言をあげ、出陣したあと、旅僧は、さつきに勧められ、風呂へ。外から竹槍で突く光秀。ところが、中にいたのは母。主殺しの罪深さを思い知らせるため、わざと息子の手にかかったのです。そこへ味方の敗北を告げに戻った十次郎は、絶命寸前。一夜も添うことなく夫と死に別れる初菊、我が子を失う操、二人の慟哭…。光秀は、涙も束の間、天王山での決戦を久吉と約束するのでした。 兵庫県尼崎市を舞台とする「尼ケ崎」は、天下のための挙兵が家族に悲劇をもたらした光秀の苦悩と悲しみが胸に迫る、全編の山場です。 |