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継母が恋したのは継子―。 河内国高安家の跡継ぎは俊徳丸。この決定に不満を抱く妾腹の兄は、家督を奪おうと、俊徳丸暗殺を計画。ところが、俊徳丸は、突如病気となり、また継母玉手の邪恋から逃れるため、家督を継ぐことなく失踪。 あとを追う玉手。けれども、行方を探しあぐね、四天王寺のそばに住む両親のもとへ。そこには偶然、俊徳丸と許婚の浅香姫が匿われていました。 玉手は、姫から俊徳丸を奪おうと、嫉妬もあらわに大暴れ。いくらいとしい娘でも許しがたい非道に、父合邦は激怒し、玉手を刺殺。ところが、死を前に玉手が明かしたのは思いもよらない真実―人の道にはずれた恋も、突然の病も、俊徳丸を暗殺から守る手段だったとは? 題材は、念仏信仰の地、四天王寺(大阪市)での救いを描く説経『しんとく丸』や能『弱(よろ)法師(ぼし)』で、合邦辻は、四天王寺の近くの丁字路の名称です。 安永2年(1773)、豊竹此吉座が大坂の北堀江市の側芝居で初演。菅専助・若竹笛躬合作の上下二巻の時代物で、下の巻から、合邦や玉手の激しい心情に圧倒される「合邦住家」をご覧いただきます。 |
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源義経といえば武蔵坊弁慶、その出会いは―。 義経がまだ牛若丸と名のっていたころ、亡父追善のための千人斬りと称して、毎夜、京都の鴨川にかかる五条橋で人を襲撃。千人目というこの日、大薙刀(なぎなた)を持ち、熊手、鉄棒、まさかり等々七つ道具を背負って、曲者退治にやって来たのが、弁慶。 華奢(きゃしゃ)な少年牛若丸と力自慢の大男弁慶との戦い。俊敏な牛若丸に、さすがの弁慶も翻弄され、降参、喜んで家来に。 享保16年(1731)、大坂の竹本座で初演された、文耕堂・長谷川千四合作の五段の時代物『鬼一法(きいちほう)眼(げん)三略巻(さんりゃくのまき)』。その五段目の一部で、わかりやすく楽しい作品です。 |