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2025年12月15日(月)放送

「青森県東方沖を震源とする地震から1週間」
東北大学災害科学国際研究所 助教 富田文章さん
根本宣彦アナウンサー 取材リポート

今月8日、青森県東方沖を震源とするM7.5の地震が発生し、震度6強を八戸で観測。一時、津波警報・注意報が発表され、岩手の久慈港では70㎝の津波が到達した。この地震を受けて「北海道・三陸沖後発地震注意情報」が初めて発表された。
この地震は陸のプレートと海のプレートの境界で発生した地震で、青森県東方沖では2mを超えるような大きいプレート境界での滑りといったものが生じた。この場所は1968年に十勝沖地震が発生した震源域と重なり、その北の方が再び破壊されたという形になる。この周辺では1994年に発生した三陸はるか沖地震を始めとして、マグニチュード7、8クラスの地震が繰り返し発生していた領域になり、三陸はるか沖地震からは30年が経っていることから今後も大きい地震が発生する可能性があるので、警戒していく必要がある。「北海道・三陸沖後発地震注意情報」は大きい地震が起こる可能性が普段よりも上がるといったことを知らせる情報でしかなく、後発地震情報が終わった後でも大きい地震が発生する可能性は変わらないという事を理解し、事前の備えをしっかりと保ち、いつ地震が起きてもいいように備えて欲しいと富田助教は話した。

「慶長奥州地震津波の江戸での地震動」
東北大学災害科学国際研究所 准教授 蛯名裕一さん
根本宣彦アナウンサー 取材リポート

今月2日で1611年に発生した「慶長奥州地震津波」から414年となった。この地震津波は東日本大震災に匹敵する規模だったのにも関わらず過小評価をされていたが、この地震は江戸でも震度4程度の地震があったとするのが妥当であると明らかになってきた。
この地震津波は古文書の記述が少なく、具体的な被害に関してはほぼ書かれていないという事で地震の規模は小さかったという評価をされてきた。ただ一方で仙台・盛岡に残る古文書では大地震であるという記述が残されている。また、当時江戸に滞在していた公家の山科言緒という人物が描いている日記には「慶長奥州地震津波」の際に江戸で体験した地震が大地震であったという記載がある。この日記では地震に関する記載が17か所あるが、その中で大地震と記述しているのは2回のみであるという事、そしてもう一つの地震では天皇や上皇のもとに地震見舞いに行っているとも書かれていることから、「慶長奥州地震津波」の際も、何らかの危険があってもおかしくない地震だったという事が分かると蝦名准教授は話した。

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