東日本大震災から10年「3.11伝承ロードをめぐる」

取材後記

宮城県石巻市

押し寄せる津波、そして火災。
勤務する出張所がある日和山地区は津波浸水の影響で孤立状態。
消防本部からは応援部隊だけでなく、食料の補給も望めない。
過酷な状況下での人命救助と消火活動。
「自分らが対応しないで誰がやるんだ」
使命感が体を突き動かす。

石巻消防署 高度救助隊長 佐藤和仁

ナビゲーター:宮田敬子

※ラジオ番組音声は以下からお聴きいただけます。

取材後記

ナビゲーター
宮田敬子

スイッチを入れると電気が灯る、目的地までは整備された走りやすい道路がある、私たちが安心して暮らせる…そんな普通の毎日が、実は普通ではないと知った東日本大震災から間もなく12年が経ちます。あの日痛感した「普通」であることのありがたさ。今またそれを当たり前に感じている自分がいるように思います。でも実際には、その当たり前を守ろうと日々尽力している方々がいます。

第一回は、石巻消防署の佐藤さんにお話を伺いました。佐藤さんに連れて行っていただいたのは、石巻市の門脇地区にある日和大橋を望む高台。

眼下には、新たに整備された石巻南浜津波復興記念公園、そしてあの日火災に見舞われた旧門脇小学校が見えます。海までは遠く感じるのに、あの日は波が押し寄せ、それに伴う火災が枯草に燃え移り、斜面を登るように佐藤さんに迫ってきたと言うのは驚きでしかありませんでした。冬の寒さの中でも火災の熱はすさまじいものだったそうです。そんな中、佐藤さんたちは身の危険を顧みず一人でも多くの人を救いたいと仲間と活動し続けました。

取材の中で佐藤さんは、あの日から12年たちますが、震災遺構にもなっている旧門脇小学校に入ることができたのは最近だったと話してくれました。きっと佐藤さんたちにとって12年前の光景は今も目の前にあって、だからこそ多くの人たちを守りたい、安全・安心を守りたいと強く思っていらっしゃるように感じました。

過酷な現場で働く皆さん。「自分たちの仕事はそういうものだから」とさらっと言い切る姿に強い使命感を感じました。