東日本大震災から10年「3.11伝承ロードをめぐる」

※写真提供:東北電力ネットワーク

取材後記

宮城県栗原市

あの日、最大震度7を観測。
管轄地区の全世帯、約87,000戸が停電した。指令室の警報音が鳴り止まない。
「何がなんでも電気をつける、少しでも早く」
私たちが電気をつけることができれば、皆さんの復旧の一歩目が進む。
電気に携わる者の使命感とは…

東北電力ネットワーク(株) 栗原登米電力センター 配電工事課 皆川城靖

ナビゲーター:宮田敬子

※ラジオ番組音声は以下からお聴きいただけます。

取材後記

ナビゲーター
宮田敬子

旅先で美しい景色に目を奪われる人は多くいますが、空を見上げて電線を眺めてしまう…という人は少ないかもしれません。

今回お話を伺った東北電力ネットワークに勤める皆川さんは、どこに出かけてもやはり電線が気になる…と話してくれました。

皆川さんの仕事は、地域に流れる電力の様子を刻々と伝える、まるで路線図のような画面を見つめ、停電など異常が起きていないかを常に管理するというもの。この画面は、東日本大震災が起きた後、今までに見たことのない状況を示しました。管轄する地域のほとんどの場所で停電が発生したからです。

何から、どこから手を付けてよいのか全く分からない混乱の中、皆川さんたちは「電気がなければ災害復旧も始めることができない。何が何でも電気を通さなくては」と強い決意をもって対応したそうです。

道路に並ぶ電柱には一本一本番号が付けられています。皆川さんは、管轄する地域であれば住所よりも電柱の番号を聞いたほうが、その場所を想像しやすいとも話していました。

勤務中でも、それ以外の時でも、電線を眺めたり、電柱をチェックしたり…そんな皆川さんだからこそ、地域の方に電気を届けたいという思いは強かったと思います。

震災から2日後、皆川さんたちは限られた地域からでしたが電気を通すことができました。電気がついた瞬間、何より「ホッとした」というのが皆川さんの感想だったそうです。私も、震災後、家に明かりが灯った時、計り知れない安心感とともに、電気のありがたさを改めて感じたように記憶しています。

震災からまもなく12年、スイッチを押せば電気がつくことを、今また当たり前に感じてしまいますが、皆川さんのように、その当たり前を日夜守ってくれている方がいること、そして電気の大切さを今一度考えていただけたらと思います。