東日本大震災から10年「3.11伝承ロードをめぐる」

取材後記

福島県須賀川市

東日本大震災の地震の揺れで事業所のアスファルト合材を貯蔵するサイロが倒れた。
社員の安否確認、担当注の現場の状況確認を進める中、原子力発電所の事故が発生する。
その時、相談されたのは、原発に向かう道路の啓開や補修。
原発を冷やすための注水車両を通すルートを確保する作業だった。
見えない恐怖の中で、現場へ向かう決断をした工事関係者に話を聞いた。

大成ロテック(株)

ナビゲーター:宮田敬子

※ラジオ番組音声は以下からお聴きいただけます。

取材後記

ナビゲーター
宮田敬子

道路を走っていて、ひび割れがあったり、ちょっと凹んでいるところがあっても、いつの間にか直っている…ということってありませんか?今回訪れた大成ロテックの赤井さんは長年、そんな道路の舗装工事に携わってきました。

私は今回の取材で、初めて道路舗装に使われる材料を作っている合材工場に足を運びました。

福島県にある大成ロテック福島営業所。敷地に入ると材料となる砂や砕石が山のように積まれているのが見えてきました。そしてその手前には、合材をトラックに積み込む出荷ゲートがそびえたっています。

取材に伺った日はとても風が強く、気温も低かったのでお話をしていても砂が舞ったり、冷たい風で口も回らなくなる状況でしたが、赤井さんはそれぞれの場所で何が作られているか、どんな作業をしているか丁寧に教えてくださいました。

お話を聞いている最中にもトラックが次々とやってきては、サイロから合材を詰め込み出発していきます。このサイロから出てきた合材、知らなかったのですが、固まらないように高温で管理されて運ばれていきます。

現場に到着した時にも100度以上の温度が維持されるようになっていて、それを使って道路を舗装していくので現場は大変です。よく煙を上げながら道路舗装をしているのを見たことがありますが、実際に作業中はとても暑いそうで、冬は気温が低いので楽ですが、夏はただでさえ気温が高い中なので過酷だと話していました。

そんな合材を入れたサイロも、東日本大震災では被害を受けました。

赤井さんが会社の敷地に入ってまず目にしたのが倒れた石砕サイロ。そして、合材が入ったサイロも傾いていました。会社は停電。本来高温に保温しておかなければいけないサイロの温度も下がり始め、中に入っていた合材は固まり、解体作業では固くなった合材を掻き出さなければ撤去できなかったと言います。合材を再び出荷するには困難な状況でしたが、街を元に戻すには何とかしなければと1か月で仮復旧し合材を出荷。きっとその時は皆さんほっとしたでしょう。

そして赤井さんはその時、目に見えない放射能の恐怖と隣り合わせで作業していました。誰も行かないと思っていた福島第一原子力発電所近くの道路の啓開作業。それでも行ってみると多くの作業員がすでに復興に向けて力を尽くしている姿を見て力をもらったそうです。震災から15年。なにか区切りを感じさせる言葉ですが赤井さんはまだまだ途中だと言います。今もなお復興作業に取り組む赤井さん、自身の仕事について「誇れる」と話した表情は少し照れながらも暖かく強い笑顔でした。

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